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反対債権を用いた相殺の効力について

 昭和45年6月24日の最高裁判決(昭和39(オ)155号事件)では、債権差押えの際に第三債務者が有する反対債権を用いた相殺の効力について裁判所の見解が示されました。

 

最高裁判所の見解

 

 相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対する債権債務を簡易な方法で決済し、両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的としています。

 

 これにより、相殺権を行使する債権者は、債務者の資力が不十分な場合でも、自己の債権については確実に弁済を受けたと同様の利益を得ることができます。

 

 この機能が、取引を助長し、経済社会の運営に役立っています。

 

 このような背景から、相殺制度によって保護される当事者の地位は、できる限り尊重されるべきであり、債権の差押えが行われた場合でも、明文の規定がない限り、相殺の権利が容易に否定されるべきではないとされました。

 

判決の内容

  • 差押えと第三債務者の抗弁権:

 差押えが行われた場合、債務者には被差押債権の処分(取り立て等)が禁止され、第三債務者も債務者に対する弁済が禁止されます(民訴法598条1項、民法481条1項)。

 

 しかし、これは債務者の権能が差押えによって制限されることから生じる反射的効果に過ぎません。

 

 第三債務者は、この制約に反しない限り、債務者に対するすべての抗弁をもって差押債権者に対抗することができます。

  • 相殺権の行使:

 差押えは、債務者の行為に依存しない客観的事実や第三債務者の行為によって、債権が消滅することを妨げる効力を持ちません。

 

 そのため、第三債務者が一方的に相殺権を行使することは、相手方の債権が差押えを受けたという理由だけで当然に禁止されるものではありません。

  • 差押後の債権取得と相殺の制限:

 民法511条は、差押え後に第三債務者が取得した債権による相殺は差押債権者に対抗できないと規定しています。

 

 しかし、この規定は、差押後に発生した債権や差押後に取得された債権を相殺に用いることを例外的に禁止することで、差押債権者と第三債務者の利益を調整することを目的としています。

  • 相殺適状に達した場合の相殺の許容:

 差押え前に第三債務者が持っていた債権が、差押え後も有効である限り、弁済期の前後を問わず相殺適状に達していれば、その債権を自働債権として差押え後も相殺することができます。

  • 裁判所の結論

 最高裁判所は、第三債務者が差押え前から有していた反対債権をもって相殺することが可能であるとし、相殺権を認めました。

 

 ただし、差押え後に取得した債権による相殺は認められないという制約を設けることで、差押債権者の利益も保護しています。

 

 この判決は、相殺の制度が持つ取引の円滑化の役割を重視し、債権者間の利益の調整を図ったものといえます。