性犯罪の立証要件という「壁」―なぜ泣き寝入りが生まれるのか
性犯罪、とくに強制性交等罪(旧強姦罪)は長らく「立証の壁」が問題視されてきました。
被害者の証言に大きく依存する分野でありながら、裁判所が求める要件があまりに厳格で、結果として多くの加害者が無罪となってきたのです。
- 「抗拒不能」とは何か
従来の刑法では、強制性交等罪が成立するには被害者が「抗拒不能」─つまり、物理的・心理的に抵抗できない状態であることを立証する必要がありました。
たとえば「手足を縛られて動けない」「刃物で脅されて命の危険を感じた」など、誰が見ても明らかな抵抗困難が必要とされていたのです。
しかし現実には、被害者は恐怖やパニックで身体が硬直し声も出せないことがあります。
これは心理学的にも「フリーズ反応」と呼ばれ一般的な現象ですが、裁判では「積極的な抵抗がなかった」とされ、不利に扱われるケースが少なくありませんでした。
- 2019年・実父による性的暴行事件
この「立証の壁」を象徴するのが、2019年に報じられた実父による娘への性的暴行事件です。
娘は長期にわたって父から性的虐待を受けていましたが、恐怖から抵抗できず、声も出せませんでした。
にもかかわらず裁判所は「抵抗できない状態とは認められない」と判断し、無罪を言い渡したのです。
この判決は大きな社会的批判を呼び、SNSやメディアでも「なぜこれが罪にならないのか」「被害者にさらに苦しみを強いるのか」と声が噴出しました。
- 被害者の証言しかない現実
性犯罪の多くは密室で行われます。
物的証拠が乏しく、被害者の証言がほぼ唯一の証拠となるケースが大半です。
しかし、証言の内容が「明確な抵抗」を示さなければ有罪に結びつきにくい運用が長年続きました。
結果として被害者は「どうせ証明できない」と泣き寝入りを選ぶことも少なくありませんでした。
これこそが、刑法の「抜け穴」と呼ばれるゆえんです。
- 2023年の刑法改正での変化
こうした問題を受けて、2023年に刑法が大きく改正されました。
最大のポイントは、従来の「強制性交等罪」に代わって「不同意性交等罪」が新設されたことです。
つまり、相手の同意がない性交そのものを処罰対象とし、被害者が抵抗できたかどうかに過度に依存しない構造に変わったのです。
また、被害者の年齢や状況に応じて同意能力を慎重に判断する規定も整えられました。
この改正によって、ようやく被害者にとって不利すぎた立証要件が緩和され、刑法が現実に近づいたといえます。
- それでも残る課題
もっとも、制度が変わったからといって現場の捜査や裁判の運用がすぐに変わるわけではありません。
依然として「被害者の証言の信頼性」が最大の争点となり、証言が細部まで一貫していなければ信用性が否定されることもあります。
また、「同意の有無」をどう判断するのかという新しい課題も浮かび上がっています。
泥酔や脅しのもとでの同意、上下関係のある職場での同意など、グレーゾーンは数多く残されています。
まとめ
- 旧来の強制性交等罪では「抗拒不能」の立証が求められ、多くの事件で無罪が生まれた。
- 2019年の実父事件は、その限界を社会に突きつけた象徴的な判例。
- 被害者の証言しかない現実と、厳格な要件が「泣き寝入り」を強いてきた。
- 2023年の刑法改正で「不同意性交等罪」が導入され、同意の有無を基準に処罰できるようになった。
ただし、実務の運用や新しい課題は依然として残っている。
法律の「抜け穴」は、一度社会問題として露呈しないと塞がれにくいものです。
性犯罪に関しては、被害者の声が大きな原動力となり、ようやく制度が変わりました。
今後も被害者に寄り添った運用がなされるかどうかが、社会全体の課題といえるでしょう。

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