債務超過に近づけて株価を抑える
〜「赤字にする」のではなく、「戦略的に資本を減らす」発想〜
事業承継で最も多い相談のひとつが、「うちの会社の株価が高すぎて、子どもに渡せない」という悩み。
中小企業の非上場株は、評価の基礎が「純資産額」です。
つまり、純資産を減らせば評価は自然と下がる。
ここでよく出てくるのが「債務超過に近づける」スキーム
―ただし誤解してはいけません。
これは赤字を作ることではなく、“合理的に資産を圧縮するという意味です。
・仕組みのポイント(合法的な範囲)
自社株評価のベースとなる「純資産価額」は、 =資産(現金・不動産など)−負債(借入・退職金・未払金など)で算出されます。
したがって、負債が適正に増えれば純資産が減り、株価は低下します。
合法的に純資産を圧縮する手段には次のようなものがあります。
退職金の未払計上(将来支払予定分)
→ 経営者や役員への退職金を会計上の「未払費用」として計上。 支給確定が合理的であれば、負債として認められる。
設備投資や不動産購入による減価償却の前倒し
→ 将来の利益を先に費用化。現金は動くが評価上は資産減少。
借入による資金繰り強化
→ 現金が増えても、同額の負債が増えるため純資産は変わらない。
ただし一時的に資産構成を流動化できる。
退職給付引当金・賞与引当金の積立
→ 将来費用を見込む形で損金算入。会計上は負債として処理。
過大な内部留保を設備・人材投資へ再配分
→ 「使うことで減らす」経営判断。利益剰余金が減り、評価低下。
・注意すべき「線引き」
債務超過を狙う行為が行き過ぎると、税務署・金融機関・取引先の信頼を失うリスクがあります。
とくに次のような操作は危険ラインです。
- 実態のない「架空負債」計上(→脱税扱い)
- 回収不能な貸付金を残したまま債務超過を演出
- 赤字決算を繰り返し、債務超過を恒常化
- 目的が「節税のみ」で、経営合理性の説明がない
税務署は「経営判断か、節税目的か」で判断します。
後者であれば、否認や重加算税のリスクがあります。
・金融・取引上のデメリットも意識
- 信用格付け低下:銀行が融資条件(保証・金利)を引き上げる。
- 取引先の信頼喪失:与信枠の縮小や契約見直し。
- 補助金・助成金の審査落ち:債務超過企業は対象外となる制度も多い。
したがって、“一時的・計画的に債務超過に近づけるにとどめるのが安全です。
・実務上の安全運用策
承継計画とセットにする
「承継のために資本を調整する」計画書を作成しておくと説明力が増す。
税理士・会計士の文書意見書を残す
「経営判断として合理的」「将来支払義務あり」などの根拠文書を添付。
一時的な構造を維持しすぎない
3年以内に改善見込みを立て、債務超過状態を放置しない。
金融機関への事前説明
「節税ではなく事業承継上の評価調整である」と説明しておく。
・チェックリスト
- 承継計画書(目的・期間・改善計画)をA4で整備しているか。
- 未払退職金・引当金の根拠書類(規程・議事録)があるか。
- 税理士意見書で「実質債務超過ではない」と説明可能か。
- 金融機関に説明済みか、または説明文書を用意したか。
- 決算書注記で「承継対策として一時的資本調整」と明記しているか。
- 3年後の改善計画(黒字化・資本増強)を試算しているか。
・まとめ
「債務超過に近づける」と聞くと危険に思えるが、正しく使えば、“会社を守るための株価調整策になります。
要は、赤字を作るのではなく、将来支出を正確に見込むこと。
節税の本質は「説明できる一時マイナス」をデザインすること。
債務超過“風のバランスシートこそ、最も慎重に作る芸術です。

コメントをお書きください