だまして契約させたら、その契約はどうなるのか。
はっきり嘘をつく場合だけでなく、大事な事実を隠すのも危ないことがあります
契約の場面では、「相手が納得してサインしたのだから問題ない」と考える人がいます。
たしかに、契約は基本的に当事者の合意で成り立ちます。
ですが、その合意がだまされた結果 なら話は別です。
民法96条は、詐欺または強迫による意思表示は取り消すことができると定めています。
ここでいう「詐欺」は、映画のような大げさな詐欺だけを意味するわけではありません。
はっきり嘘をつく場合はもちろんですが、相手が判断するうえで重要な事情をわざと隠し、誤った認識のまま契約させるような場面も、非常に危ういです。
つまり、相手の判断を意図的にゆがめて契約に持ち込むこと が問題になるのです。
事例
市内で中古住宅を売ろうとしていたAさんは、築年数の古い一戸建てを手放したいと考えていました。
家そのものは見た目にはきれいに見えましたが、数年前から雨漏りがあり、強い雨の日には天井裏にしみが出ることを知っていました。
修理業者からも「根本的に直すにはかなり費用がかかる」と言われていましたが、Aさんは本格修理をしていませんでした。
その後、購入希望者のBさんが現れます。
Bさんは内見の際に「雨漏りや大きな修繕歴はありますか」と尋ねました。
するとAさんは、「特に問題はないですよ。古い家だから多少の傷みはありますけど、普通に住めます」と答えました。
本当は雨漏りの事実を知っていたのに、それをぼかしたのです。
Bさんは、その説明を信じて売買契約を結び、代金を支払って引渡しを受けました。
ところが、最初の梅雨で天井から水が落ち、押入れまで湿ってしまいます。
調べると、以前からの雨漏り跡があり、応急処置だけで済ませていたことも分かりました。
Bさんは「知っていたなら、なぜ言わなかったのか」と強く抗議しました。
Aさんとしては、「聞かれたが、完全に嘘とは言っていない」「古い家なのだから多少は仕方ない」と思っていました。
ですが、このような場面では、重要な事実を意図的に隠して契約させたのではないか が問題になります。
なぜ“だまして契約させる”ことが危ないのか
契約は、相手が正しい判断材料を持ったうえで決めることが前提です。
価格、品質、状態、使い道、リスクなどについて、相手が重大な誤解をしたまま契約すると、その合意の土台が崩れます。
民法96条は、詐欺による意思表示を取り消すことができるとしています。
つまり、だまされた側は「その契約はこのままでは認められない」と主張できる可能性があります。
ここで大事なのは、「嘘を一言言ったかどうか」だけではありません。
たとえば、
- 雨漏りを知っていたのに曖昧にごまかす
- 境界トラブルを知っていたのに黙る
- 事故歴を知っていたのに言わない
- すぐ使えない設備を「大丈夫」と説明する
- 実際には制限があるのに「問題なく使える」と言う
こうした行為は、相手に誤った認識を与え、判断を誤らせる方向に働きます。
はっきりした虚偽だけでなく、重要な不利益情報を意図的に伏せること も、実務では非常に危険です。
「相手も確認すべきだった」はどこまで通るのか
だます側は、後になるとよくこう言います。
- 「買う前にもっと調べればよかったのでは」
- 「古い家なのだから多少の不具合は予想できたでしょう」
- 「私は断定していない」
たしかに、契約では相手側にも確認すべき点があります。
しかし、だからといって、知っている重大事実をわざと隠してよいわけではありません。
特に、相手から直接尋ねられているのに、誤解させるような答え方をした場合はかなり危ういです。
人は、相手から「問題ない」と言われると、その言葉を判断の拠り所にしやすくなります。
認知科学の観点でも、専門知識がある側、情報を持っている側の説明は強い影響を与えます。
そのため、情報を持っている側が都合よくぼかすと、相手は現実より安全だと受け取りやすいのです。
取り消しだけで終わるとは限らない
だまされて契約した側は、まず契約の取消しを考えることがあります。
また、状況によっては損害賠償の問題も出てきます。
法務省の説明資料でも、詐欺・強迫による行為の取消しは瑕疵ある意思表示をした者などが行うことができると整理されており、取消権には期間制限もあります。
追認できる時から5年、行為の時から20年で消滅するとされています。
つまり、「ばれなければ終わり」ではありませんし、「時間がたてば絶対安全」という単純な話でもありません。
一度トラブルになれば、契約を維持するのか、解除や返金になるのか、修理費や差額の負担をどうするのかといった、重い問題に広がります。
よくあるのは「売りたい気持ち」が説明をゆがめること
この手の問題は、最初から悪意満々で人をだまそうとする場合だけで起こるわけではありません。
むしろ多いのは、
- 「これを言うと売れなくなる」
- 「あとで何とかなるかもしれない」
- 「そこまで重大ではないと思いたい」
という気持ちが、説明を少しずつゆがめていくケースです。
行動経済学でいうと、人は自分に不利な情報を小さく見積もり、自分に都合のよい解釈を採りやすい傾向があります。
売りたい側は、欠点を「たいしたことない」と思い込みやすく、その思い込みが説明不足やごまかしにつながります。
しかし、契約ではその“自分に都合のよい解釈”が大きな火種になります。
では、どうすれば防げるのか
一番大切なのは、相手の判断に影響する重要な事実は、先に出すこと です。
不利な情報を出すと条件が悪くなることはあります。
ですが、隠したまま進めて後で争いになるより、はるかに安全です。
実務的には、次の点を意識するとよいです。
- 問題があるなら、最初に伝える
- 「たぶん大丈夫」で断定しない
- 聞かれたことには具体的に答える
- 書面やメッセージで説明内容を残す
- 不明な点は「不明」と言う
つまり、契約を取りたい気持ちより、後でも説明できる進め方を優先することです。
一番まずいのは「そこまで言わなくても相手は契約した」と考えること
契約の場面では、結果だけを見て
「最終的にサインしたのは相手だ」
と言いたくなることがあります。
ですが、そのサインが誤った認識の上に乗っていたなら、話は変わります。
大切なのは、相手が正しい材料で判断したか です。
その材料を意図的にゆがめて契約させたなら、後でその契約が揺らぐ可能性があります。民法96条は、そのためのルールです。
売りたい、まとめたい、早く決めたい。
その気持ちは自然です。
ですが、そこで事実を曲げたり伏せたりすると、契約は一時的に取れても、後で大きな代償を払うことがあります。
契約は、相手をうまく乗せて取るものではなく、相手が正しく判断できる状態で結ぶもの。
この感覚を持つだけで、余計な争いはかなり減らせます。

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