家賃滞納でも、裁判なしで追い出してはいけない。
「出ていって当然」と思っても、手続きを飛ばすと貸主側が不利になることがあります
アパートや貸家を貸していると、借主との関係が悪化することがあります。
- 家賃を長く払わない。
- 連絡が取れない。
- 注意しても直らない。
- 近隣から苦情まで来る。
そうなると、貸主としては「もう十分だ。出ていってもらうしかない」と考えるのは自然です。
ただ、ここで気をつけたいのは、借主に出ていってもらいたい気持ちが強くても、貸主が自分の判断だけで退去を決め、実力で追い出してはいけない ということです。
法律は、貸主が腹を立てたからといって、その場で借主の住む権利を取り上げてよいとは考えていません。
実際には、借主に落ち度があったとしても、貸主が手続きを飛ばしてしまうと、逆に貸主側が責任を問われることがあります。
ここは一般の方が誤解しやすいところです。
事例
市内で一戸建ての貸家を持っているAさんは、借主Bさんから5か月分の家賃を滞納されていました。
最初のうちは電話もつながっていましたが、途中からBさんは「今月中には払う」「少し待ってほしい」と言うだけで、実際には支払いません。
近所からは「夜中に騒がしい」「ゴミ出しもひどい」と苦情も出ており、Aさんの不満はかなりたまっていました。
そこでAさんは、「もう契約違反なのだから、出ていってもらって当然だ」と考えました。
知人にも相談し、「そんな人はもう住ませる必要はない。早く追い出したほうがいい」と背中を押され、AさんはBさんにこう告げました。
「 もう今日で終わりです。荷物をまとめて出ていってください。出ないならこちらで処分します」
Bさんは「急すぎる」「そんな話は聞いていない」と反発しましたが、Aさんは取り合いません。
数日後、Aさんは親族数人と現地へ行き、Bさんに出るよう迫りました。
口論の末、Bさんは怖くなってその場を離れ、しばらく友人宅に身を寄せることになりました。
Aさんとしては、「ようやく出ていった」と思ったのですが、その後、Bさんが弁護士に相談したことで状況が変わります。
問題になったのは、裁判所を通さず、貸主が実力で退去させたこと でした。
なぜ裁判なしで追い出してはいけないのか
ここで大事なのは、賃貸借契約を結んでいる以上、借主にはその部屋や家を使う権利があるということです。
もちろん、その権利は無制限ではありません。
家賃を払わない、用法違反がある、信頼関係が壊れているという場合には、貸主が契約解除を主張できることがあります。
しかし、契約を解除できることと、その場で実力で追い出してよいことは別問題 です。
一般の方には、この違いが少しわかりにくいかもしれません。
たとえば、「滞納しているのだから契約違反だ。契約違反なら出ていくのは当然だ」と感じるでしょう。
たしかに、最終的に明渡しが認められる場面はあります。
ですが、その判断をするのは基本的には当事者の感情ではなく、必要に応じて裁判所を含む正式な手続です。
貸主が自分で「もう終わりだ」と決め、その判断を力で実現してしまうと、いわゆる自力救済の問題になります。
法律は、こうしたやり方を非常に慎重に見ます。
何が問題になるのか
まず、借主は生活の拠点を突然失います。
住まいというのは、単なる「物」ではありません。
寝る場所であり、荷物を置く場所であり、生活の土台です。
そこから正式な手続なしに排除されれば、仕事、通学、通院、日常生活に大きな支障が出ます。
次に、貸主が正しい手順を踏んでいないため、もともとは借主の滞納が問題だったのに、今度は貸主側の行為が争点になります。
結果として、「家賃滞納のある借主」対「違法な追い出しをした貸主」という構図になり、話が複雑になります。
さらに、追い出しの場面では、感情的な衝突が起きやすいです。
貸主が親族や知人を連れて行く、強い口調で迫る、荷物をまとめさせる、鍵を渡すよう求める。
こうした行為が重なると、借主側は精神的な圧迫を受けたと主張することがあります。
貸主としては「話し合いのつもりだった」と思っていても、相手から見れば追い出しそのものです。
「もう住ませたくない」は正しくても、「今すぐ出せる」とは限らない
ここが実務で一番大事なところです。
貸主の考えが全く間違っているとは限りません。
家賃を長期滞納し、注意しても改善がないなら、契約解除や明渡請求が認められる可能性は十分あります。
しかし、最終的に出てもらえる可能性があること と、今日すぐに自分の判断で追い出せること は違います。
この二つを混同すると、貸主側が不利になります。
人は怒りが強くなると、「結果が同じなら途中は省いてもよい」と考えがちです。
ですが、法律では途中の手続がとても大事です。
特に住まいの明渡しは、権利関係と生活の基盤がぶつかるため、丁寧な流れが求められます。
では、どう進めるのが正しいのか
基 本は、次のような順番です。
- まず、滞納額や滞納期間を整理します。
- 次に、督促し、支払期限を示して催告します。
- それでも改善しない場合は、契約解除の意思表示を行うことを検討します。
- 借主が任意に退去しないときは、明渡し請求の訴訟など、裁判所を通じた手続に進みます。
- そして、判決や和解などに基づいてもなお明け渡さない場合に、強制執行という流れになります。
面倒に見えるかもしれませんが、この順番を守ることで、貸主自身を守ることができます。
逆に、ここを飛ばすと、「家賃を払わない借主に困っていたはずの貸主」が、「違法な追い出しをした側」と見られかねません。
一番危ないのは「常識的に考えればわかるだろう」という思い込み
貸主からすると、「5か月も払っていないのだから、出されて当然だろう」と思うでしょう。
たしかに感覚としてはそうです。
ですが、法律は“当然”だけでは動きません。
特に相手の生活の基盤を奪う場面では、手続が重視されます。
ここで大切なのは、相手が悪いからといって、自分が何をしてもよいわけではない という線引きです。
賃貸トラブルでは、この線を越えた瞬間に、貸主側にも新しい責任が生まれます。
家賃滞納で困ったときほど、早く片づけたくなるものです。
ですが、本当に早く終わらせたいなら、実力行使ではなく、証拠と手順で進めることです。
追い出したい気持ちがあるときほど、追い出し方を間違えないことが大事です。

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